多才な鉄腕・板東英二

再試合ルールの生みの親
 プロ野球で通算77勝を挙げ、芸能界でも活躍した板東英二氏が先月、不帰の客となった。表舞台からは久しく遠ざかっていたが、訃報に接すると一抹の寂しさを禁じ得ない。真っ先に思い起こすのは、高校時代の超人的な活躍である。著書『プロ野球これだけ知ったらクビになる』に、かつて高校球界に存在した延長十八回引き分け再試合は「ぼくが作ったルールなんですわ」とある。1958(昭和33)年、四国春季大会で徳島商業のエースだった板東氏は高知商業との試合で延長十六回を投げ抜き、1-0で勝利投手になる。翌日、高松商業との試合では延長二十四回を投げ、0-1で負け投手に。2日で四十回投げたことが、問題視され再試合のルールにつながったようだ。そのルールが最初に適用されたのが板東氏だったということも因縁めいていて興味深い。その年の夏の甲子園(第40回記念大会)、伝説となった魚津(富山)との準々決勝で村椿投手と投げ合い、十八回引き分けで再試合となる。準優勝したこの大会での83奪三振はいまだに1大会での最多奪三振記録である。現在の高校野球は延長十回からタイブレーク方式になり、1人の投手が1週間に投げれる球数が500球以内という投球数制限が定められたので、この記録は破られることはないだろう。プロ入り前に鉄腕を存分に発揮した。

芸能界でも才能発揮
 引退後は野球解説者を経て、現役時代から定評のあった”トークの技術”を活かし、芸能界へと転身。バラエティー番組をメインに、押しも押されもせぬお茶の間の人気者になった。出演した高視聴率番組は枚挙にいとまがない。俳優としても、1988年公開の木下恵介監督の遺作『父』で主演。翌年の高倉健主演の映画『あ・うん』では富司純子演じる妻への「高倉の密やかな思いに気付きながらも友情を保ち続ける微妙な役柄を巧演」(『日本映画人名事典 男優篇〈下巻〉』)し、ブルーリボン賞助演男優賞、日刊スポーツ映画大賞助演男優賞、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞などを受賞。93年の黒澤明監督の遺作『まあだだよ』やNHK連続テレビ小説に出演するなど芸能界でも多彩で豊かな才能を発揮した。

ストレートの魅力
 前述の延長十八回再試合のことでテレビのインタビューを受けた際、「技術は自分のほうが上だが、(村椿投手の)ひたむきさが印象に残った」と回想していた。板東氏が言うと、嫌みな感じがせず、その率直さが爽やかな印象を与える。野球中継のラジオ解説でも、出場機会の少ない選手が本塁打を放ち、その打撃を実況アナウンサーから聞かれて、「アウトになると思っていたので、見てなかった」。ストレートなところが板東氏の魅力であり、真骨頂だった。天国でもマルチタレントぶりを遺憾なく発揮するのだろう。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA