2025年の注目株

虎打線のキーマン
 藤川球児新監督のもとでセ・リーグの覇権奪還を狙う阪神。打線のキーマンに智辯学園高から2022年に入団した前川右京が挙げられる。昨季は116試合に出場し、打率2割6分9厘、4本塁打42打点。オープン戦では12試合に出場し、打率3割1分6厘(3位)、トップタイの3本塁打、6打点。特筆すべきは長打率.632だ。2月22日には6番スタメンで、楽天・則本昂大からオープン戦チーム1号となる3ラン。佐藤輝明とアーチ競演を見せた。3月5日の中日戦では涌井秀章からソロ。翌々日のDeNA戦では東克樹から2ラン。いずれも実績のある投手から放ち、後の2発は甲子園での一撃だった。同月15日のカブスとのMLBプレシーズンゲームでは左翼線へ技ありの適時二塁打。左方向へも打てるようになれば、打率も上がってくる。今季の藤川監督の構想は、3番佐藤輝、4番森下翔太、5番大山悠輔。その後を打つ6番の打棒によりチームの得点力は大きく変わる。天性の長打力を開花させることができるか――。

ヤクルトのエースを狙え!
 昨年のオープンで防御率トップ(1.35)だったヤクルト・吉村貢司郎。シーズンでもその勢いを持続させ、9勝8敗。2年目でドラフト1位の真価を発揮した。オープン戦は3試合に登板し、16イニングで防御率0.56(2位)。失点はオリックスの新外国人選手ジョーダン・ディアスに被弾したソロのみと、昨年同様オープン戦から仕上がり上々だ。直近5年のヤクルト投手陣でシーズン二桁勝利を挙げたのも規定投球回に到達したのも小川泰弘だけ。その小川も三十代半ばになり、往年の力に陰りが見える。先発ローテの大黒柱として高津臣吾監督の期待も大きい。ヤクルトのエースを狙え!

ソフトバンクの育成出身左腕
 2023年に育成ドラフト10位で入団したソフトバンク・前田純。昨年7月に支配下登録され、9月に初登板初先発でプロ初勝利を挙げる。オープン戦は、3月4日のヤクルト戦に2番手で登板すると、3イニングで5つの三振を奪い、パーフェクトに抑える。先発のチャンスを掴んだ同月11日の巨人戦は6回を無失点、同月19日の中日戦も先発で6回2失点(自責点1)。規定投球回未達も、防御率0.60と結果を残した。昨年の日本シリーズでは痛打されるシーンが目立ったが、それを糧に今季は飛躍を期す。

西武の地元出身のスター候補
 西武・西川愛也はオープン戦は14試合に出場し、打率2割8分9厘(5位タイ)、3打点。昨季、プロ入り最多となる104試合に出場し、打率2割2分7厘、6本塁打31打点8盗塁だった。外野手としてチームトップの100試合に出場。刺殺215もチーム最多で、失策はゼロ。堅実な守備が身上だ。昨季終盤は3番で起用されることが多かったが、西口文也新監督はオープン戦後半は1番右翼・長谷川信哉、2番中堅・西川という打順を組んでいる。金子侑司引退後、岸潤一郎や蛭間拓哉、奥村光一、新人・渡部聖弥らを加えた外野のレギュラー争いは混沌としている。地元の花咲徳栄高の出身ということもあり球団やファンの期待も大きい。レギュラーとして地歩を固めることができるか――。

現役に別れを告げる言葉

最後の言葉

 球春到来――。プロ野球各球団は2月からキャンプイン。同月22日にオープン戦が始まり、桜前線の北上に足並みを揃えるように本番に向けての準備が整っていく。そして3月28日に開幕を迎える。始まりがあれば終わりがある。今季、プロ入りした選手もいつかはユニフォームを脱ぐときが来る。スーパースターといえども”永久に不滅”ではない。そんな引退時の言葉を拾い集めたのが『プロ野球最期の言葉』(村瀬秀信著)だ。

体力の限界やケガ

 世界のホームラン王のように「王貞治のバッティングができなくなった」ことを引退の理由とする選手もいるが、多くの選手が体力の限界やケガでユニフォームを脱いでいる。ブンブン丸の愛称で、ヤクルト一筋19年。通算304本塁打を放った池山隆寛は「ビデオの中の自分が、本当に懐かしく、また別人のように見えたとき、自然に涙が出てきました」と、自らの限界を悟った。軽快なコンバットマーチに乗せ、軽々とスタンドに放り込んだ全盛期のバッティングとのギャップに涙を禁じ得なかったのだろう。1992年の西武との日本シリーズで、3試合に先発。いずれも完投し、敢闘賞を受賞した岡林洋一。プロ10年目に戦力外通告を受け、その日は「『まだ野球をやってやる』という強い気持ちがあった。でも次の日、練習に行く途中、車の中で右肩に『もう少し付き合ってくれよ』と言ったら、涙があふれてきた。これが正直な気持ちなんだろうって」。岡林の右肩は限界に達していた。

厳しさや苦しさ

 好きな野球ができて幸せだったという言葉を残し、球界を去る選手がいる一方、プロとして過ごした日々の厳しさや苦しさを物語る選手もいる。通算2173安打の小さな大打者、若松勉は「入団してから、野球を楽しいと思ったことは、一度もありませんでした」と語り、ザトペック投法でV9時代の巨人に敢然と立ち向かった村山実は「ホンマにしんどい野球人生やった」とコメントした。史上最多の7度首位打者に輝き、前人未踏の3000本安打を達成した張本勲。シーズン3割以上を16度、ベストナインも同じ回数選出された安打製造機は、「これであの四角い打席に立たなくていいと思ったとき、寂しい気持ちよりホッとしていますね」と心中を語った。ヴィクトル・スタルヒンはNPB発足時に巨人に入団。1939年にはシーズン42勝のプロ野球記録をつくったが、戦時中はロシア系のため敵性外国人とみなされ、須田博に改名させられるなど迫害を受け、44年には巨人を追放される。55年には史上初の通算300勝を達成し、現役生活にピリオドを打った。引退後、「野球人生、僕は裏切られっぱなしだった」と親友に漏らした。

不完全燃焼

 日本人選手のMLBへの道を切り拓いた野茂英雄。その後、イチロー、松井秀喜、松坂大輔、ダルビッシュ有らが海を渡った。その先駆者も「悔いが残る」と引退時に心中を吐露した。MLB通算123勝を挙げ、無安打無得点を2度達成していても、不完全燃焼だったのだろう。野茂はまだ見果てぬ夢を追い続けているのかもしれない。

オレ流を貫く

 日本球界初の1億円プレーヤーであり、三冠王に3度輝いた落合博満。「職業野球のなかに携わったひとりの人間……。そういう感覚でしか野球をやってきてないんで、ものすごい生活感のあるプロ野球選手じゃなかったかなと思っています」と引退会見で述べた。日本人として初めて年俸でコミッショナー調停を受けるなど、己の技術の金銭価値にとことんこだわったプロ野球選手としての在り方を落合らしい物言いで表現した。名球会も引退試合も辞退し、”オレ流”を貫いた。 

辞世の句

 ”駒沢の暴れん坊”という東映フライヤーズの選手像にふさわしい大杉勝男は、自らを〈かすみ草〉にたとえる繊細さも持ち合わせていた。史上初の両リーグ1000本安打を達成し、両リーグ200本塁打にあと1本と迫りながら、武上四郎監督の確執から引退を余儀なくされた。「去りし夢 神宮の杜に かすみ草」。大杉のプロ野球選手としての辞世の句であった。

末期の言葉

 プロ入り前は米国相手に活躍し、プロ入り後は日本球界初の無安打無得点を達成。日本の初代エースといえる、沢村栄治。伝説の大投手も戦争には抗えなかった。3度目の出征で戦死。「野球がやれねば一生職工でいい。わしは事務をとることは不向きやけど、飛行機の鋲打ちはうまいもんやで……」と7年の選手生活を締めくくった。特攻隊員として戦火に散った、名古屋軍のエース石丸進一。特攻前にボールに「われ人生 24歳にして尽きる」と遺書を認め、3年という短すぎた現役生活と決別した。彼らの場合、’’末期’’の言葉でもある。