二度目の連覇へ 第6回WBC

優勝候補の一角
 前回大会のディフェンディングチャンピオンの日本は、過去最多の9人(2月4日時点)のメジャーリーガーを擁し、連覇を狙う。昨年のワールドシリーズで3勝を挙げ、MVPに輝いた山本由伸。MLB史上6人目の2年連続50本塁打以上を達成した大谷翔平を投打の柱に、世界でも屈指の人材を招集した。野球という競技が失点をいかに少なくし、いかに多くの得点を挙げるかという特性――スポーツ自体がそうなのだが――から考えると、今大会でもベースボールの母国アメリカや中南米の野球強国と並び優勝候補の一角であることは違いない。そのなかで勝者と敗者を分けるものはなんだろうか――。

犠打が勝負の分水嶺に
 「侍ジャパン、WBCでV奪還」で触れたが、前回大会は攻撃面では緻密さとパワーを両立し、投手力と守備力にも秀でた「トータル・ベースボール」での戴冠だったが、スモール・ベースボールも光った。準決勝のメキシコ戦、頼みの綱の山本が打たれ、3-5で迎えた八回。無死一・二塁というチャンスをつくると、栗山英樹監督は源田壮亮に送りバントのサインを出すも二度失敗。しかし栗山監督は迷わずスリーバントを指示する。「サインを出した瞬間、サードコーチャーのカズ(白井一幸)が一瞬、びっくりした表情を見せた」と自著『監督の財産』で述べている。結果的に犠打の名手はスリーバントを成功させ、山川穂高の犠飛のお膳立てをした。1点差に迫った日本は最終回に劇的なサヨナラ勝ちを演じた。犠打の成否は勝負の分水嶺になったといえる。

日本のお家芸の強み
 日本は第4回大会の初戦から14試合連続でアーチをかけていて、長打力ではトップクラスだ。今大会もMLBで2度キングになった大谷を筆頭に、NPBでのキング実績のある佐藤輝明、村上宗隆、岡本和真、近藤健介がいる。本塁打は”野球の華”であるし、一発で戦況を変える魔力を持っているが、1点を争う試合展開では日本のお家芸といえる緻密なプレーの重みが増す。それは米国や中南米の野球強国にはない日本の強みであり、負ければ終わりというトーナメント方式の戦いを勝ち抜くために必要な戦術である。

井端監督の采配に注目
 思えば第2回大会決勝の韓国戦。延長十回のイチローの勝ち越し適時打は、無死一塁から稲葉篤紀の犠打でチャンスを広げたものだった。選手としてWBCを戦った経験があり、WBCとは何かを肌感覚で知悉している井端弘和監督が二度目となる連覇に向けて、どのような采配を振るうのか──。大いに注目だ。

258本をうんだバット

運命的な邂逅
 1993年のシーズン終了後、オリックス・ブルーウェーブ(現・同バファローズ)の遊撃手・小川博文がミズノの久保田五十一(いそかず)のもとへ「細身で小柄な選手をつれてやってきた」(『258本をうんだバット』友成那智著)。のちのイチローと日本でトップクラスのバット職人である久保田が出会った瞬間である。プロ野球界と深い関わりがある久保田だが、その小柄な選手が誰かわからなかったと同書にある。92年にドラフト4位で愛工大名電からプロ入り。ルーキーイヤーは40試合に出場し、95打数24安打(打率2割5分3厘)5打点。翌年は43試合に出場し、64打数12安打(同1割8分8厘)3打点。通算本塁打は野茂英雄(当時・近鉄バファローズ)から放った1本のみで、”鈴木一朗”’という名前を知らないのも当然といえた。その後、小川は彼がその年のハワイのウインターリーグで首位打者になったことと新しく監督になった仰木彬から大きな期待を寄せられていることを伝えた。

世界の安打製造機へ
 イチローはそれまで巨人で通算1696安打を記録した篠塚(和典)モデルのバットを使っていたが、ヘッドをもう少し軽くしたかったようだ。久保田はその要求に応えるために、「重い木を使って、ヘッドを少し細くする」か、「軽い木を使って、根元を少し太くする」か2通りの方法があることを説明した。どちらがベターかをイチローから尋ねられた久保田は、「細いわりには重さがある、いい材質の木を使えますから」(同書)と前者を推奨した。そのとき、イチローは世界の安打製造機へのスタートラインに立ったといえる。

世界記録を達成
 翌94年シーズン、仰木監督のアイデアで登録名を変えると、レギュラーに定着して安打を量産した。50年に阪神・藤村富美男がつくったシーズン最多安打(191本)の記録を塗り替える210安打で首位打者を獲得。NPBでは7年連続でタイトルを保持した。そしてMLBへと活躍の場を移すと、01年にはシーズン242安打の新人記録を達成。首位打者、盗塁王、新人王、MVPに輝く。04年にはジョージ・シスラーが20(大正9)年につくったシーズン最多安打記録を更新する258安打を放った(最終的には262本にまで伸ばす)。

野球の神様の導き
 イチローは色など多少変えた部分もあったが、基本型は久保田が最初につくったバットを使い続けた。バットづくりの最も難しいところは80%が材料の質で決まり、イチローが1シーズンで使う最高品質のバットを120本つくるためには1万本以上の角材が必要になるようだ。イチローは「バットは体の一部。(中略)いまのぼくがあるのは、このバットのおかげ」(同書)と久保田のバットに最大級の賛辞を贈る。背番号51と「五十一」という名前の必然な邂逅。それは野球の神様の不可思議な導きだったのであろうか――。


(敬称略)