激戦となった関西ダービー
59年ぶりの関西ダービーとなった日本シリーズは第7戦までもつれた末、阪神が38年ぶりの2度目の日本一に輝いた。今シリーズは流れが目まぐるしく変わった。初戦は阪神打線が山本由伸を5回2/3、7失点ノックアウト。第2戦はオリックスが圧勝し、勝敗をタイに戻す。敵地・甲子園での第3戦をオリックスが1点差で勝利。本拠地での残りの2試合を阪神が連勝して王手をかけるも、本拠地に戻ったオリックスは第6戦を制し逆王手。最後は阪神が激戦に終止符を打った。
流れが激しく動いた第4戦
阪神の1勝2敗で迎えた第4戦は今シリーズを凝縮したような展開となった。初回に阪神が森下翔太の二塁打で1点先制。オリックスは二回に紅林弘太郎の右前打で同点に追いつくが、その裏の攻撃で阪神は二死無走者から近本光司の適時打で1点を勝ち越し。五回には大山悠輔の今シリーズ初打点となる遊ゴロで1点を追加し、ゲームを有利に進める。オリックスは七回を文字通りラッキーセブンとする。先頭打者・廣岡大志が佐藤輝明の失策で出塁すると代打レアンドロ・セデーニョが左前打。中川圭太が犠打で一死二・三塁の好機をつくり、第3戦のヒーロー・宗佑磨の2点適時打で再びゲーム振り出しに戻した。
分岐点となった八回の攻防
今シリーズの勝負の分岐点となったのは八回の攻防だろう。勢いづくオリックスは回またぎの石井大智から紅林が中前打で出塁。野口智哉はスリーバントを失敗するが、廣岡がランエンドヒットを決め、一死一・三塁と好機を演出。マジックが冴えた中嶋聡監督は代打にT-岡田を起用。岡田彰布監督も動き、島本浩也にスイッチ。第2戦で代打マーウィン・ゴンザレスに走者一掃の二塁打を打たれていた左腕に窮地を託した。ここで中嶋監督は代打の代打に安達了一を送る。なんでもできる状況で、打席にはなんでもできる選手――。オリックスにとって絶好の好機、阪神にとっては絶体絶命の窮地だったが、安達は三ゴロで三塁走者が本塁憤死。二死となり岡田監督はこの日、今シリーズで初めてベンチ入りした湯浅京己を起用。6月のオリックス戦以来の実戦登板となった湯浅は、ファンの大声援の中、1球で中川を仕留めて指揮官の期待に見事に応えた。
強固なディフェンス力
オリックスは八回に勝ち越していれば、九回に平野佳寿を投入できた。同点では守護神を使うことができず、九回はジェイコブ・ワゲスパックが登板。山崎颯一郎がベンチ入りしていれば、背番号63の出番だっただろう。この場面でレギュラーシーズンは4勝7敗(防御率5.77)の投手を起用せざるを得なかったところに今シリーズでのオリックスの救援陣の窮状(阪神からすれば、攻略の糸口)があったか。ワゲスパックは四球と2つの暴投で一死三塁のピンチを招いた。2つの申告敬遠で満塁策を取り、4番大山との勝負を選ぶが、チェンジアップでストライクを取れず、フルカウントからストレートを狙い打ちされ、阪神がサヨナラ勝ちで2勝2敗のタイに持ちこんだ。九回に今シリーズ初登板した岩崎優がこのゲームの勝利投手に。オリックスは八回の好機をものにしていれば、今シリーズで阪神の守護神の出番をなくす展開に持ち込めた可能性もあった。加えてこの敗戦が第5戦での阪神の大逆転劇の伏線となっただけに、今シリーズの流れを決める逸機となった。一方、阪神からすれば攻め込まれても最終防衛ラインは突破させない、リーグ優勝の原動力となった強固なディフェンス力の賜物だった。オリックスは平野佳を第3戦にしか使えず、阪神の投手力が相手の守護神の登板を1試合にとどめたことも勝因のひとつだろう。
第7戦の先制アーチ
3勝3敗で迎えた第7戦。両チーム無得点で迎えた四回、一死一・二塁でシェルドン・ノイジーがカウント1-2から低めのチェンジアップをすくい上げて左翼席へ運んだ。うまくバットのヘッドを効かせたので、飛距離も出た。外角を狙ったチェンジアップが指に引っかかり内角へいったようだが、失投とは言えない難しいボールだった。「あそこで本塁打が出るとは思っていなかった」とは岡田監督の弁だが、中嶋監督にしても同じ思いだっただろう。シーズンは9本塁打という打撃ではなかった。
日本一への架け橋
ノイジーは第2戦の宮城大弥との対戦で、一・二塁に走者を置く同じ状況でフルカウントからボールぎみのフォークを空振り三振していた。この打席までの今シリーズでの宮城との3度の対戦は、初球はすべてストレートで、打ち取られたのはすべて変化球だった(第2戦の第1打席はスライダー、同戦の第2打席はフォーク、第7戦の第1打席はスライダー)。この打席では初球から2球続いたストレートは見逃して追い込まれたが、3球目のフォークは見送り、4球目を捉えた。ノイジーの頭の中に変化球がインプットされ、ヤマを張っていたのだろう。殊勲打の予兆はあった。第6戦の右翼席へ運んだ先制ソロは、打たれた山本が〈あれが入るのか〉という表情を見せたが、シリーズ後半はノイジーのバットは魔力を帯びていた。シーズンのチーム本塁打はリーグ6位というチームにあって、今シリーズはノイジーのバットがチームの全本塁打を叩き出した。とりわけ2本目はシリーズの流れを決める、38年ぶりの日本一への架け橋となる値千金のアーチだった。
「動」だった岡田監督
「動」の中嶋監督に対して「静」の岡田監督という前評判があったが、短期決戦となるシリーズで岡田監督は積極的に動いた。パ・リーグの本拠地で採用される指名打者に第1戦は渡邉諒、第2戦はヨハン・ミエセス、第6戦は糸原健斗、第7戦は原口文仁と4人の選手を起用。ミエセスと原口は無安打に終わったが、ストレートに強いことを見込まれて起用された渡邉諒は先制打を放ち、岡田監督の監督としてのシリーズ初勝利に貢献。第6戦のオリックスの先発は山本だったが、今度は糸原を起用。ゲームには敗れたが、抜擢した左打者が2安打を放った。
シリーズ仕様の投手起用
投手起用に関してもシリーズ仕様だった。先発要員の西勇輝を第6戦、伊藤将司を第7戦で中継ぎで起用。また実戦から約4ヵ月半遠ざかっていた湯浅を第4戦から2試合続けて起用した。伊藤将と湯浅は勝利投手になった。また最大のサプライズは第7戦に青柳晃洋を先発させたことだろう。実戦から1か月以上遠ざかっていた投手に大事な一戦を託した。青柳は指揮官の期待に見事に応え、4回途中無失点と先発の役割を果たした。これが今シリーズでの岡田監督の最大のマジックではなかったか――。オリックス打線は不意打ちを食らったように青柳を打ちあぐねた。
好機に一気呵成
今シリーズで目についたのは阪神打線の集中打だ。好機と見るや、一気呵成に攻め立てる。第1戦の五回は5安打で4点を先制すると、次の回には4安打で3点を奪い、山本を降板に追い込んだ。第5戦の逆転劇は八回に6安打を集中し、打者一巡の猛攻で6点を奪った。第7戦はノイジーが先制3ランを放った次の回に5安打で決定的な3点を追加。クリーンアップの3連続適時打もあり、オリックスの戦意を喪失させた。チーム本塁打はリーグ5位であるが、打線の集中力がリーグトップの得点力につながっているのだろう。オリックスの投手陣は踏みとどまれなかった。
最高殊勲選手賞
MVPには阪神・近本が選ばれた。全7試合にトップバッターとして出場し、29打数14安打4打点8得点。打率4割8分3厘、長打率5割8分6厘、出塁率5割4分5厘。シーズン同様、リードオフマンとして阪神の攻撃を牽引した。シリーズ14安打は1962年の阪神の先輩、吉田義男の16安打に次ぐシリーズ歴代2位となる。そのほか24人目(28度目)となるゲーム最多安打4(第7戦)。4人目となる3度(第1戦、第4戦、第7戦)のシリーズ猛打賞。3人目となるシリーズ最多出塁18(安打14、四球4)。無安打に終わったのは第2戦だけで、シリーズを通して華々しい活躍をした。
敢闘選手賞と優秀選手賞
敢闘選手賞はオリックス・紅林。20打数8安打(打率4割)3打点。1本塁打に2犠打と小技も大技も披露した。四球を両チーム最多の6つ選び、出塁率は近本に次ぐ5割3分8厘。守備でも再三好プレーを見せた。
優秀選手は阪神からは森下とノイジー、オリックスからは山本が受賞。森下は30打数8安打(2割6分7厘)。7三振を喫し、3つの併殺打で好機も潰したが、両チーム最多かつ日本シリーズの新人記録となる7打点を挙げ、勝負強い打撃を披露した。第1戦の初回、見逃し三振で、二盗を試みた中野が刺されるというシーンがあった。「(森下を)代えようと思ったが、泣くと思ったので代えなかった」(岡田監督)との言葉が伝わったが、指揮官の温情采配に若者らしいガッツで応えた。ノイジーは28打数7安打(打率2割5分)5打点。オリックスに引導を渡した一撃はミラクルだった。山本は初戦は本来の投球ができなかったが、第6戦は本領を発揮し、徳俵に足がかかったチームを救った。加えて日本シリーズ新記録となる14奪三振で、日本球界への足跡をしっかりと残した。