侍ジャパン、WBCでV奪還

メキシコに逆転サヨナラ

侍ジャパンが3大会ぶり、3度目の頂点を極めた第5回WBC。準々決勝までは終盤に点差が開いたが、準決勝と決勝は最後の最後までどちらが勝つかわからない、手に汗握るスリリングな展開だった。準決勝ではメキシコと対戦。一次リーグで米国を倒し、準々決勝で2大会連続準優勝のプエルトリコを撃破し勢いに乗るアステカの戦士たちに苦戦を強いられた。“完全試合男”と“2年連続四冠王”のNPBが誇る二枚看板を立て、必勝の構えで臨んだが、先発の佐々木朗希が先制3ランを浴びる。吉田正尚の技あり3ランで試合を振り出しに戻した直後に山本由伸が勝ち越しを許し、まさかのイニング途中での降板。侍ジャパンにとって、厳しい展開となったが、九回無死一、二塁から村上宗隆が中越えに劇的な逆転サヨナラ二塁打を放ち、今大会の最大のピンチを脱した。

最年少三冠王が本領発揮

八回に勝ち越された直後に代打・山川穂高の犠飛で1点を返したのも大きかった。2点差で九回を迎えていれば、違った結末に終わったかもしれない。そして“最年少三冠王”がようやく本領を発揮した。一次リーグで打率1割4分3厘と振るわず、準々決勝のイタリア戦から心理的負担の軽減を図り、5番に降格。このゲームでは二塁打2本に1打点と復調の気配を見せたが、メキシコ戦では3打席連続三振を含む4打席凡退していた。送りバントのや代打も考えられたが、栗山英樹監督は侍ジャパンの命運を村上に託した。

王座防衛を狙う米国を下す

決勝の米国戦では、二回に今大会の本塁打王・T.ターナーに先制ソロを被弾するも、その直後に村上が自身WBC第1号となる同点弾。さらに満塁と攻めたて、ラーズ・ヌートバーの内野ゴロの間に1点。その後、両チームともソロ本塁打で1点ずつ追加したが、九回に登板した大谷翔平が一発が出れば同点という場面で、MLB通算350本塁打のエンジェルスの同僚、M.トラウトから空振り三振を奪い、ゲームセット。5安打の侍ジャパンが9安打の米国を3-2で下し、第3回大会のドミニカ共和国以来の完全優勝を果たした。

スモール・ベースボール

WBCで侍ジャパンが連覇したときに、「スモール・ベースボール」という言葉が一躍脚光を浴び、機動力や犠打などの小技を用いる野球が強さの根源だという分析や評論が盛んになされた。第1回大会で采配を振るった王貞治は、この言葉を嫌い、大会前に「ストロング&スピーディー」というコンセプトを打ち出した。それはパワーを兼ね備えたスモール・ベースボールだと推測するが、現役時代にハンク・アーロンの通算本塁打数を抜き、“世界のホームラン王”と呼ばれた指揮官のこだわりがあるのだろう。かつては体格や筋力で劣る日本人が、米国の選手と対等に渡り合うには、機動力や小技に活路を見いだす必要があった。

トータル・ベースボール

近年は日本人の体格が米国人並みに大型化し、なおかつ科学的なトレーニング方法も次々と編み出され、日本人の筋力も強靭になった。今大会でも、1次リーグの豪州戦での大谷の東京ドームの電子看板直撃弾や米国との決勝戦での村上のローンデポ・パークの二階席への本塁打など、パワーにおいても米国の選手と遜色のないレベルに達している。パワーだけではなく、一次リーグのイタリア戦では、大谷がセーフティーバントでチャンスを広げ、岡本和真の先制3ランのお膳立てをした。準決勝のメキシコ戦では、無死一、二塁から源田壮亮がスリーバントを成功させ山川の犠飛につなげた。また足のスペシャリストとして選出された周東佑京が九回に一塁走者の代走として起用され、サヨナラの長駆生還するなど、機動力も存分に発揮した。今大会は、守備面でもヌートバーや源田が再三見せ場をつくった。そして日系人として初めて選出され、父親の母国である米国との決勝戦で勝利打点を挙げたたヌートバー。今後の侍ジャパンでは、日系人が戦力のオプションとなることを示した。攻撃面では緻密さとパワーを両立し、投手力と守備力にも秀でた「トータル・ベースボール」。今大会の栄冠は、これから日本の野球が進むべき方向を指し示したという点においても大きな意義のあるものだった。

日本シリーズと失策

日本シリーズ史に残る失策

昨年の日本シリーズ、オリックスが王手をかけていた第7戦。1-0でリードしていたオリックスが五回に追加点を挙げ、なお二死満塁のチャンスが続いた。杉本裕太郎の左中間への打球を中堅手・塩見泰隆が捕球するかに見えたが後逸。3人の走者が生還し、5点のビハインドとなる致命的なミスとなった。記録は三塁打から失策へと訂正されたが、公式記録員も一瞬判断に迷う微妙なプレーだった。ヤクルトはこのイニングの4失点が響き、2年連続日本一を逃した。日本シリーズの歴史に残る失策だった。

寺田の落球

かつて “寺田の落球”と語り継がれる、日本シリーズの勝敗の行方を左右した失策があった――。1961年の巨人と南海の対戦。巨人の2勝1敗で迎えた第4戦、南海は巨人の先発・堀本律雄に八回まで1安打に抑えられていたが、九回に広瀬叔功の2ランで3-2と逆転。その裏、鶴岡一人監督はウォーミングアップができてなかったジョー・スタンカではなく祓川正敏を送ったが、新人・渡海昇二に死球。ここで投手交代。スタンカは代打・坂崎一彦を三振、国松彰を一ゴロ(渡海が二封)に打ち取った。あと1アウトで、対戦成績を2勝2敗のタイに戻せた。

事件的判定

窮地に追い込まれた川上哲治監督は代打に藤尾茂を起用。藤尾の当たりは平凡なフライとなったが、一塁手・寺田陽介はこれを落球。翌日付の読売新聞が「その目はボールを見ず喜びにかがやくスタンカの顔を見ていたのだ」と報じたプレーでピンチを招いた。続く長嶋茂雄のイージーなゴロを、三塁手・小池兼司がファンブル。ルーキーは特異な状況と雰囲気に飲み込まれたのか――。このときの映像が残っている。一見凡ゴロだが、公式記録員はイレギュラーと判断したのか、記録は内野安打。二死満塁とピンチは広がり、打席には4番の“エンディ”こと宮本敏雄が入った。スタンカは1ボール2ストライクと追い込み、4球目に得意の落ちる球を投じたが、円城寺球審の判定はボール。野村克也がキャッチャーマスクを投げ捨て、怒りをあらわにするなど南海側は猛抗議したが判定は覆らなかった。宮本は次の球を右翼線にはじき返し、2者が生還。巨人が逆転サヨナラで、日本一に王手をかけた。

頂上決戦の最重要テーマ

第5戦は南海が勝ちを収めたが、延長10回までもつれた第6戦を巨人がものにして、川上監督の就任1年目で頂点に立った。このシリーズは、第1戦はスタンカが3安打1四球で二塁を踏ませない完封劇を演じた。しかも4併殺、打者27人で巨人打線を抑え込み、無残塁の日本シリーズ新記録(当時)を達成するなど南海の完勝だった。だが第2戦では、野村が捕邪飛落球と二塁悪送球に加え、日本シリーズ新記録(当時)となる2捕逸。広瀬も2失策。第3戦は南海が4-2とリードの七回、穴吹義雄の失策がらみで3点を失い、逆転負け。第4戦は土壇場で寺田の失策、小池のファンブルと続いた。昨年の日本シリーズも序盤はヤクルトが圧倒的に優位だったが、2勝1敗1分で迎えた第5戦。スコット・マクガフの悪送球が絡んだ失点は、オリックス・吉田正尚のサヨナラ弾へとつながった。第6戦も1点ビハインドの土壇場で再びマクガフの悪送球により追加点を献上。第7戦においても2つの送りバントの処理ミスのあと、塩見の走者一掃の失策。1961年と昨年の日本シリーズに共通するのは“精神的優位の反動”と“負の連鎖反応”だ。短期決戦ではひとつのミスが命取りになる。頂上決戦を制するためには、流れを引き寄せ、それを手放さないプレーや采配が最重要テーマとなる。

余談(一)

61年の日本シリーズの第4戦。サヨナラの走者が生還し、円城寺球審がゲームセットを宣告したあと、南海のコーチや選手が球審を取り囲み、突き飛ばす、蹴るなどの暴行を加えた。この日、広瀬や大沢啓二がハーフスイングに関して球審に抗議するシーンがあり、それも火に油を注いだようだ。翌日付の朝日新聞は「試合終了後に審判に乱暴したのはプロ野球史上初めてである」と報じている。審判団は試合終了後の暴行に対し罰則の権限を持たないことから、井上登コミッショナー(当時)はこの事態を重く見て、第5戦の試合前に円城寺球審を蹴ったと思われる南海の選手から自ら話を聞いたうえで適宜な処置を取り、南海球団に対しても戒告すると発表した。

翌日付の毎日新聞は、このゲームをネット裏正面から見ていた野球評論家の声を伝えている。「きょうの円城寺球審の判定はどうみても一方に片寄った判定としか思えない」(楠安夫)。「きょうの判定は皆川の投手のときから変だった」(青田昇)。「このような審判を大事なシリーズに使うのが大体おかしいという声が支配的だった」とある。また観戦していた金田正一(国鉄)が「私もシーズン中にたびたびスタンカのような思いをさせられたことがある」と円城寺球審を批判。記者席に居合わせた鈴木龍二セ・リーグ会長(当時)に、「あんな審判はクビだ」と息巻いた様子を報じている。

余談(二)

翌日付の日経新聞のコラムに若林忠志(野球評論家)が書いている。「藤尾の平凡な一塁フライを寺田が落としたのも、心のどこかにスキがあったからではないだろうか。寺田が藤尾の打球をかまえた瞬間、スタンカは喜びのあまり両手を高くあげていた。あるいはボールがそのスタンカの手でダブって、寺田の目にはいったため落としたのかしれないが、その軽率なプレーは責められるべきだろう」。

スタンカがゲームセットと思った瞬間が三度あった。藤尾が内野フライを打ち上げたとき。長嶋の打球が三塁手へのゴロとなったとき。宮本が4球目を見逃したとき――。意に反して、それらがことごとくフイになった。宮本がサヨナラ安打を放ったときに、本塁へのバックアップに走ったスタンカと円城寺球審が「衝突」と各紙は表現したが、憤懣やるかたない思いのスタンカが体当たりしたのではなかったか――。