“阪神の星”岡田彰布

球団初の連覇を目指すも
 今季、球団初のリーグ連覇を目指した岡田阪神だった。4月21日に首位に浮上するも6月から7月にかけては4位に転落。交流戦では近本光司をプロ入り初の4番で起用するなどカンフル剤を射ったが、チームの状態は上がらず、9月1日には首位広島までのゲーム差は5.5と開いた。そこから昨季球界の頂点を立ったチームの意地を見せ、首位巨人に2ゲーム差で、同月22日からの甲子園での伝統の一戦2連戦に勝負を持ち込む。第1ラウンドは1-0で阪神が先勝するも、第2ラウンドは1-0で巨人が雪辱。岡田彰布元監督はリーグ制覇を逃した際に分岐点として、この試合を挙げたという。今年、3季ぶりに一軍のマウンドに復帰した先発の髙橋遥人が六回まで三者凡退を4度、被安打2。二塁を踏ませたのは三回だけと好投。攻撃陣も序盤は優勢も、六回の攻撃では無死二塁から佐藤輝明は走者を進める打撃ができず、後続の2人も凡退。その直後の七回、巨人は代打・坂本勇人の適時打で決勝点を奪った。阪神はこの試合で得点圏に5度走者を進めたが、本塁は遠かった。天下分け目の戦いで勝ち投手となったのが、昨年阪神を自由契約になったカイル・ケラーというのも運命の悪戯だろうか。岡田元監督は、「1対0が理想の勝利」(『頑固力』)との野球観を持つ。理想の勝ち方をし、翌日には裏の目が出た。優勝争いのクライマックスとなる巨人との今季最終戦は、指揮官にとって痛恨の記憶として脳裏に刻まれているのではないだろうか。

昨季との比較(打撃)
 打撃スタッツを昨季と比較すると、昨季はリーグトップだったチーム得点は、今季は70点減ってリーグ3位(485)。岡田監督が重視し、攻撃のアクセントになった四球は今季もリーグトップだったが、昨季より53減少。昨季はリーグトップだった三塁打、犠飛、盗塁も、それぞれ34→17(リーグ3位)、47→26(リーグ5位)、79→41(リーグ5位)とほぼ半減した。加えて盗塁成功率はリーグ2位(.731)からリーグワースト(0.539)へ。それらが得点力低下の要因となった。

昨季との比較(投手)
 投手スタッツの昨季との比較では、昨季リーグで唯一2点台(2.66)だった防御率は、今季はさらに良化して2.50(リーグ2位)。リーグの覇者・巨人(2.49)にはわずかに及ばなかったが、投手力に関しては昨季より向上していた。問題は失点から自責点を引いた、投手の責任ではない失点だ。昨季の44点に対し、今季はリーグワーストのDeNAより1点少ない63点。昨季と失策は同数(85)なので、今季は失策が失点につながることが多かったということだろう。それが勝負どころでの弱さとなったと推測される。

タイガース愛に染まった人生
 岡田元監督は江夏豊氏との共著『なぜ阪神は勝てないのか?』で、「私の人生は、阪神タイガース愛で染まっている。思えば、物心がついた頃から黄色い縦ジマと共に歩む生活だった。亡くなった父が、阪神を応援する『タニマチ』のような存在だった影響もある。(中略)いつも父に甲子園に連れていかれ、遊び場は、阪神の寮である『虎風荘』だった」と自らの人生が阪神タイガースと共にあったことを述懐している。その父親から野球に関して英才教育を受けた。それは「野球選手は目が命や。教科書以外、本は読むな」と徹底され、実家の屋上には、トタン板を金槌で叩いて凹凸をつけたイレギュラーバウンドを捕る練習用の手作りの用具があった。『巨人の星』の星一徹と星飛雄馬の関係性を彷彿とさせる。北陽高では1年の夏に甲子園に出場。小学生時代から目標にしていたい早稲田大学へ進学すると、1年の春に早慶戦でデビュー、秋にはレギュラーに定着。3年時には三冠王に。4年時には監督が交代し、チーム状況がわからないということで主将である岡田元監督が練習メニューや選手選抜の全権が任せられたという。4年間の通算成績は、打率3割7分9厘、20本塁打。ドラフト会議では8球団から指名されるというスカウトの情報があったようだが(実際は6球団が一位指名)、岡田元監督は阪神にクジを引いてもらえるという予感がしていたと述べている。

連覇したいと吐露
 昨季は「アレ」という言葉を使い、選手に優勝を意識させないようにしていた岡田元監督だが、今季は方針が一転。キャンプ前日のミーティングで「連覇したい。俺が一番勝ちたいんだ」と胸中を吐露したと伝わる。その気持ちが強いほど、選手はプレッシャーを感じたように映る。大山悠輔や佐藤輝、村上頌樹は伸び伸びとやれて、結果を出せるタイプではなかったか。結局、5月28日に首位を陥落してからは返り咲くことはなく、前回優勝の翌年(06年)同様、2位でレギュラーシーズンを終えた。

タイガーイエローの血
 阪神の球団史上二度の日本一に、85年は中心選手として、23年は監督として貢献した。今年の7月には、2リーグ分立後の初優勝を含む2度のリーグ制覇を成し遂げた藤本定義を抜き、阪神の監督史上最多の515勝を記録。宿命のライバルである巨人との戦いにおいても、昨季の18勝、貯金12は球団史上最多となる。岡田元監督は元より虎党にも来季も指揮を執ることを望んでいた向きが多かったと思われるが、今季限りでの退任となった。続投には2年連続の日本一しかなかったのだろうか――。岡田元監督はドジャースのトミー・ラソーダ元監督の「私の身体にはドジャーブルーの血が流れている」という言葉になぞらえ、「私の身体にはタイガーイエローの血が脈々と流れているのである」(同書)と表現した。まさに”阪神の星”といえる野球人生だった。

DeNA、26年ぶりの日本一

予想ではソフトバンクが優勢
 DeNAが4年ぶりの頂点を目指したパ・リーグ覇者のソフトバンクを破り、球団としては26年ぶり、DeNAとしては初の日本一に輝いた。レギュラーシーズン3位からの日本一は2010年のロッテ以来、セ・リーグでは初の快挙だった。レギュラーシーズンの貯金はソフトバンクの42に対し、DeNAは2。戦前の予想では圧倒的にソフトバンクが優勢という声が多く、事実第2戦まではそのとおりの展開になった。

今シリーズの分岐点
 勝負の分岐点となったのは第3戦に先発した東克樹の初回の踏ん張りだろう。DeNAは本拠地で2戦とも先制され連敗。敵地で迎えた第3戦、喉から手が出るほど欲しかった先制点を主将・牧秀悟の遊ゴロで初回に挙げたが、その裏に早々にピンチを招いた。一死後、柳田悠岐と栗原陵矢の連打で一・二塁とされ、打席には4番山川穂高。捕手・戸柱恭孝やDeNA首脳陣の脳裏に第2戦で喫した先制の2ランが浮かんだのではないだろうか――。東は山川を注文通りに遊撃へのゴロに打ち取り、併殺でチェンジと思いきや、森敬斗がファンブル。二塁で封殺したので失策にはならなかったが記録に表れないミスだった。二死一・三塁で今シリーズにスタメン初出場の近藤健介に打順が回った。近藤には適時二塁打で同点にされたが、続く今宮健太を三振に打ち取った。ここで勝ち越されていれば、流れはソフトバンクに優勢になり、その後の試合展開だけでなく、今シリーズの勝負の行方はDeNAにかなり厳しいものとなっていただろう。気落ちしても仕方のない状況で踏ん張るメンタルの強さと味方のミスをカバーする投球術。今季、自己最多かつ両リーグトップの183イニングを投げ、13勝を挙げたエースの面目躍如だった。東は毎回の10安打を打たれながらも7回1失点。攻撃陣もその粘投に応えるように6安打で4点を奪った。

流れを決定的に
 この勝利は今シリーズでの連敗を止めただけでなく、2018年の第3戦から続いていた日本シリーズでのソフトバンクの連勝を14で止め、同時に11年の第7戦から続いていた本拠地での連勝を16で終わらせた。ソフトバンクの日本シリーズでの破竹の勢いを削いだという意味で大きな価値があった。東の力投で引き寄せた流れは第4戦のシリーズ初登板のアンソニー・ケイ、第5戦に来日初の中4日で先発したアンドレ・ジャクソンへと引き継がれた。両投手ともに7回無失点で、チームは2試合連続の零封勝ち。シリーズの流れを決定的なものとした。

ソフトバンク救援陣の窮状
 ソフトバンクにとってレギュラーシーズンで23ホールド14Sを挙げていた松本裕樹と、19ホールド1Sの藤井皓哉の不在は痛かった。これにより小久保裕紀監督の継投プランに狂いが生じた。第3戦は先発スチュワート・ジュニアが4回1失点。制球が不安定だったため先手を打って、五回から大津亮介を投入したが、先頭打者の桑原将志に勝ち越し弾を浴びる(敗戦投手は大津)。第4戦は0-1の六回二死一塁でオースティンを迎えたところで、先発・石川柊太から尾形崇斗にスイッチ。尾形はこのピンチを三振で切り抜けたが、七回に先頭打者、宮崎敏郎に被弾。その後もDeNAの攻撃を止められずに降板。一死満塁で登板した岩井俊介は2本の適時打を打たれ、傷口を広げた。第3戦に4番手で登板した前田純は、オースティンから三振を奪うなど2イニングとも三者凡退に抑え、第5戦の0-1という場面で3番手として登板。第4戦まで17打数2安打(打率.118)と眠らせていた牧に致命的な3ランを被弾。第6戦では柳田悠岐の2ランで2-4と追い上げた直後の五回に登板したスチュワートは、1/3イニングで5失点と炎上。交代した岩井も2失点で、事実上の終戦となった。今シリーズでソフトバンクが勝ったのは先発からダーウィンゾン・ヘルナンデス-ロベルト・オスナとつなげた第1戦と、先発から1/3イニングを挟んで両投手につなげた第2戦だけという事実が敗因を浮き彫りにしている。岩井は新人、前田純は今季1試合の登板。荷が重かったと思われるが、そういう場面で使わざるを得なかった窮状が窺える。加えてレギュラーシーズンはゾーンで勝負できた――1試合当たりの与四球数2.7、同与死球数0.5――ソフトバンクの投手陣だが、第3戦以降は19個の四球、第5戦以降は5個の死球を与えた。第1戦では7イニングで与四球2個と持ち前の制球力を発揮した有原も、第6戦は3イニングで与四球2個、与死球1個と乱れた。

ちぐはぐな小久保采配
 攻撃陣では第2戦は3安打3打点と打棒が爆発した山川が第2戦の第4打席から今シリーズの最終打席まで16打席無安打。4番の不振は第3戦の二回から第6戦の三回まで日本シリーズワーストの29イニング連続無得点という打線のブレーキになった。野手では9月中旬に右足首をケガした近藤の起用法が焦点となっていた。小久保監督はセ・リーグ本拠地では代打で、パ・リーグ本拠地ではDHとして起用する方針だった。窮地に追い込まれた横浜球場での第6戦、近藤はスタメン出場し2安打と気を吐いたが、チームが勝ったのは、近藤がスタメンで出なかった試合という皮肉な結果になった。また第5戦、0-4で迎えたラッキーセブンのソフトバンクの攻撃。一死一・二塁(暴投で二・三塁に進塁)で嶺井博希に打席が回ったが代打の切り札、中村晃を使わず、九回二死ではネクストバッターズサークルの中村晃に打順が回らず試合終了。今シリーズでの小久保采配のちぐはぐさを象徴するシーンだった。

歴史的敗北
 DeNAは第3戦以降、南場智子オーナーのチームへの愛情と球団経営への情熱が注入されたかのように選手が躍動した。一方、ソフトバンクは日本一に22度輝いた巨人を凌ぐ、シリーズの連勝記録を14まで伸ばしたが、シリーズワーストの29イニング連続無得点で敗れ去った。歴史的敗北といえるだろう。

最高殊勲選手賞
 最高殊勲選手賞は桑原将志が受賞。全試合にトップバッターとして出場し、27打数12安打(打率.444)。日本シリーズ新記録となる5戦連続打点に、6試合のシリーズでは最多タイとなる9打点をマーク。第3戦と第5戦で見せた執念のダイビングキャッチ。第6戦の初回、一塁にヘッドスライディングで内野安打とした闘志。攻守に活躍し、ガッツマンの本領を発揮した。第2戦終了後にチームに檄を飛ばした――「悔しくないのか」とは言ってなかったようだ――と伝わるが、自らが実践しチームを牽引した。17年の日本シリーズでも全試合トップバッターとして出場し、26打数4安打(打率.154)1打点。初戦から14打席連続無安打と不振を極め、両チームワーストの2盗塁刺に10三振(第2戦は4打席連続三振)。DeNA元年の12年に入団し、横浜DeNAベイスターズと歩みを共にした男が、今シリーズで見事にリベンジを果たした。

敢闘選手賞と優秀選手賞
 敢闘選手賞は全試合で安打を放ち、24打数9安打(打率.375)2打点の今宮が受賞。守備でも遊撃手としてフルイニング出場し、チームトップの補殺20(守備率10割)を記録。優秀選手賞は筒香嘉智、ジャクソン、ケイが受賞。筒香は全試合に出場し22打数6安打(打率.273)6打点。第3戦では貴重な追加点となる犠飛。第5戦の先制適時打。第6戦では先制ソロに続き、ダメ押しとなる3点適時二塁打を放った。今季は5年ぶりにMLBからDeNAに復帰し、レギュラーシーズンでは7本塁打23打点と往年の打棒は発揮できなかったが、今季の締め括りとなる大舞台で勝負強さを発揮した。主将として全試合4番の重責を担った17年の日本シリーズの雪辱を果たした。ジャクソンは2試合に先発し1勝1敗。11回2/3で自責点2(防御率1.54)。計17個の三振を奪い(奪三振率13.11)、ソフトバンク打線を力でねじ伏せた。ケイは第4戦に先発し勝利投手に。東がつくったいい流れをジャクソンへとつなげる好投を見せた。